JR北海道 塩狩駅
塩狩(しおかり)
宗谷本線 蘭留 塩狩 和寒
所在地 北海道上川郡和寒町字塩狩
駅番号 W37
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道))
所属路線 宗谷本線
キロ程 28.4km(旭川起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員 6人/(2024年)
開業年月日 1924年(大正13年)11月25日
駅種別 無人駅
塩狩駅
塩狩駅
駅名標 待合所
駅名標 待合所
キハ54形気動車と構内踏切 H100形気動車
キハ54形気動車と構内踏切 H100形気動車
駅舎 急行「花たびそうや」
駅舎 急行「花たびそうや」
塩狩駅(しおかりえき)は、北海道上川郡和寒町字塩狩にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅である。
電報略号はシリ。事務管理コードは▲121809。駅番号はW37。
当初は単なる信号場として設置されたが、入植者の増加や塩狩温泉の開業もあり、1924年(大正13年)から旅客駅として営業を開始した。
その立地から後述するように周辺他駅と比しても利用が僅少な状況が長らく続いており、2010年代以降のJR北海道による利用僅少駅の旅客扱い見直しにあたっては、2021年(令和3年)4月以降は和寒町が維持管理を受け持つ形で旅客扱いを継続している。

歴史

  • 1916年(大正5年)9月5日:鉄道院宗谷線の塩狩信号所として設置。
  • 1919年(大正8年)10月20日:宗谷本線に線名を改称。
  • 1922年(大正11年)4月1日:塩狩信号場に改称。
  • 1924年(大正13年)11月25日:塩狩駅に昇格し、旅客・手荷物・旅客附随小荷物の取扱い開始。
  • 1927年(昭和2年)9月1日:小荷物・小口扱貨物の取扱い開始(配達はせず)。
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道に移管。
  • 1963年(昭和38年)4月30日:公衆電報の取り扱い廃止。
  • 1969年(昭和44年)9月12日:構内に「長野政雄殉職記念碑」(後述)建立。
  • 1971年(昭和46年)9月1日:構内に「塩狩峠」の標識を建植。
  • 1974年(昭和49年)10月1日:貨物取扱い廃止。
  • 1984年(昭和59年)
    • 2月1日:荷物取扱い廃止。
    • 11月10日:駅員無配置駅となり、出改札業務廃止(連査閉塞運転要員はそのまま配置)。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:電子閉塞化により運転要員を廃止し、完全無人駅化。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
  • 2019年(令和元年)12月3日:JR北海道が沿線自治体に対し、宗谷本線活性化推進協議会を通じて当駅含む29駅について、自治体による維持管理もしくは費用負担による存続か、2021年(令和3年)3月での廃止かの方針を2020年3月までに報告するよう要請。
  • 2021年(令和3年)4月:和寒町による維持管理に移行。
  • 維持費用の原資は主としてふるさと納税によって賄われている。維持管理移行前年から開始された資金集めにより、2021年(令和3年)4月末までに、ふるさと納税586万円に加えて、駅近くのユースホステルなどに置いた募金箱や町役場持参への寄付を含めて623万円が全国から集まり、駅維持費用(年間275万円)の2年分以上の財源を確保している。

駅名の由来

天塩国と石狩国の国境にあることから。

駅構造

隣の蘭留駅と同じく、相対式ホーム型がずれた形の千鳥式ホーム2面2線を有する、列車交換可能な地上駅。構内踏切で結ばれている。和寒町管理の無人駅。木造駅舎がある。
1993年(平成5年時点)では構内の旭川方のみ駅舎側が直進の片開分岐、稚内方は両開き分岐器を採用し、駅舎側が下り本線・反対側が上り本線となっていたが、その後高速化にあわせて駅舎側を本線とした一線スルーになっている。また、かつては上下線の中央に待避線が1本あったが、無人化に伴い撤去された。

のりば

番線 路線 方向 行先
1  宗谷本線   下り  名寄・音威子府方面
1・2 上り   旭川方面

  • 2番線は一部列車のみ使用