| 兜沼(かぶとぬま) |
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| 所在地 |
北海道天塩郡豊富町字上サロベツ619 |
| 駅番号 |
○W76 |
| 所属事業者 |
北海道旅客鉄道(JR北海道)) |
| 所属路線 |
■宗谷本線 |
| キロ程 |
230.9km(旭川起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面2線 |
| 乗降人員 |
6人/(2014年) |
| 開業年月日 |
1924年(大正13年)6月25日 |
| 駅種別 |
無人駅 |
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| 兜沼駅 |
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| 駅名標 |
きっぷ運賃表 |
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| 待合所 |
キハ54形気動車 |
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| キハ261系気動車 |
相対式ホーム |
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兜沼駅(かぶとぬまえき)は、北海道(宗谷総合振興局)天塩郡豊富町字上サロベツにある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅である。電報略号はカマ。事務管理コードは▲121847。駅番号はW76。
歴史
- 1924年(大正13年)6月25日:鉄道省天塩北線稚内駅(現・南稚内駅) - 当駅間開通に伴い開業。一般駅。
- 1926年(大正15年)9月25日:幌延駅 - 当駅間延伸開業に伴い中間駅となる。また天塩南線と天塩北線を統合し線路名を天塩線に改称、それに伴い同線の駅となる。
- 1930年(昭和5年)4月1日:天塩線を宗谷本線に編入、それに伴い同線の駅となる。
- 1949年(昭和24年)6月1日:公共企業体である日本国有鉄道に移管。
- 1982年(昭和57年)3月29日:貨物扱い廃止。
- 1984年(昭和59年)
- 2月1日:荷物扱い廃止。
- 11月10日:出札・改札業務を停止し旅客業務について無人化。但し閉塞扱いの運転要員は継続配置。
- 1986年(昭和61年)11月1日:電子閉塞化に伴い完全無人化。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
- 1988年(昭和63年):駅舎改築。
- 2019年(令和元年)12月3日:JR北海道が宗谷本線沿線自治体に、当駅含む1日平均乗降人員3名以下の駅について、自治体による維持管理もしくは費用負担による存続か、2021年(令和3年)3月での廃止かの方針を2020年3月までに報告するよう要請。
- 2021年(令和3年)4月:豊富町による維持管理に移行。
- 豊富町では当駅の存続について、同年8月の北海道新聞の取材に対し「稚内の高校に通う2人の生徒が卒業する再来年度(注:2023年度)以降は未定」としている。
- 2025年(令和7年)3月15日:それまで日本最北端の木造駅舎であった抜海駅が廃止。これに伴い、当駅が日本最北の木造駅舎を有する駅となる。
駅名の由来
現在の兜沼にあたる沼は明治期の地図に「ペライサルトー」と書かれていることから、アイヌ語では「釣りをする・ヨシ原の・沼」の意である「ペライサㇽト(peray-sar-to)」と呼ばれたと考えられている。
沼は和人入植後、「サロペットウ」「サルベットウ」「サロベツ湖」などの名称で呼ばれ、沼のほとりに出来た和人入植地も「沼の端」の和名で呼ばれていたが、駅名は駅から見た沼の形が兜の鍬形に似ていることから「兜沼駅」と命名されることとなり、地区名や沼の名も兜沼と呼ばれるようになった。
駅構造
相対式ホーム2面2線を有する地上駅。1番線の北側に駅舎を有し、互いのホームは旭川方の構内踏切で連絡している。
そのほか1993年(平成5年)3月時点では1番線の旭川方から分岐し駅舎西側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた。また、1983年(昭和58年)4月時点では対向側ホーム外側への副本線を1線、その稚内方から分岐した行き止りの側線を1線有していた。この副本線と側線は1993年(平成5年)3月までには撤去された。この時点では2番線は下り専用ではなく待避線も兼ねた上下共用であった。
豊富町管理の無人駅。有人駅時代の駅舎は改築され、外壁がサイディング張りになった小さな駅舎が建築されている。駅舎内にトイレを有する。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
| 1 |
■宗谷本線 |
上り |
幌延・名寄方面 |
| 2 |
下り |
稚内方面 |
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