留辺蘂駅(るべしべえき)は、北海道北見市留辺蘂町東町(あずままち)にある北海道旅客鉄道(JR北海道)石北本線の駅である。
電報略号はルヘ。事務管理コードは▲122525。駅番号はA56。
旧・留辺蘂町の代表駅かつ温根湯温泉の玄関口であり、特急「オホーツク」・特別快速「大雪」・快速「きたみ」を含めた全ての旅客列車が停車する。
歴史
- 1912年(大正元年)11月18日:鉄道院湧別軽便線の野付牛駅(現在の北見駅) - 当駅間が軌間1,067mmにて開通。暫定的な終端駅として開業。一般駅。
- 1914年(大正3年)
- 9月25日:野付牛機関庫留辺蘂分庫設置。
- 10月5日:湧別軽便線当駅 - 下生田原駅間が軽便規格(軌間762mm)にて延伸開業。中間駅となる。貨物積替場、跨線橋設置。野付牛駅 - 当駅間を留辺蘂軽便線と改称。
- 1916年(大正5年)
- 11月7日:当駅 - 遠軽間が1,067mmに改軌。当駅構内が全て軌間1,067mmとなる。野付牛駅 - 遠軽駅 - 下湧別駅間を湧別軽便線と改称。
- 月日不詳:留辺蘂機関分庫廃止。
- 1921年(大正10年):温根湯森林鉄道開設。最長時(1944年)72.9キロ。
- 1922年(大正11年)
- 9月2日:軽便鉄道法廃止により湧別線に改称。
- 10月1日:遠軽駅 - 野付牛駅間を区間分離し、石北線に編入。
- 1949年(昭和24年)6月1日:公共企業体である日本国有鉄道に移管。
- 1954年(昭和29年)8月12日:旭川市から北見市に向かう昭和天皇、香淳皇后のお召し列車が停車。駅前奉迎が行われた。
- 1960年(昭和35年):温根湯森林鉄道廃止。
- 1961年(昭和36年)4月1日:新旭川駅 - 網走駅間を石北本線に改称。
- 1968年(昭和43年)7月25日:補助コンテナ基地設置。
- 1984年(昭和59年)2月1日:貨物取扱い廃止。
- 1985年(昭和60年)3月14日:荷物取扱い廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道(JR北海道)に継承。
- 2016年(平成28年)4月30日:この日をもってみどりの窓口を廃止し、無人駅化](簡易委託化)。
駅名の由来
アイヌ語の「ルペシペ」(越え下っていく道)が転訛したもの。
2023年4月1日に北海道留萌市の留萌駅が廃止されたことにより、日本で唯一の「る」から始まる鉄道駅となった。
駅構造
単式ホーム1面1線および島式ホーム1面2線の計2面3線を有する地上駅。駅舎は北側にあり、南側に出入り口はない。
駅舎側にある単式ホームは島式ホームの形状になっていて1番のりばへのスロープが設置されており段差無く行き来ができる。
駅舎と2・3番のりばとは跨線橋で結ばれ、ログハウス風の待合室がある。
元は木材出荷が主目的の駅として、客扱い用には島式ホーム(現2・3番のりば)しか有しておらず、短い単式ホームは後に普通列車専用として設けられた。
それと共に島式ホームも遠軽側に延長されている。
1番のりばは駅舎裏側片面の上下双方向の利用である。
2016年4月30日までは社員配置駅だったが、同年5月1日から、簡易委託駅となり、駅から200m北の呉服店「坂口呉服店」が切符の販売を週1回、事前申し込みを行った場合にかぎり取り扱う。
簡易委託後は、普通乗車券や自由席特急券のほか、Rきっぷ、「札幌往復限定きっぷ」、定期券のみ取り扱う。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
備考 |
| 1 |
■石北本線 |
下り |
北見・網走方面 |
普通列車の大半 |
| 上り |
遠軽方面 |
| 2 |
下り |
北見・網走方面 |
|
| 3 |
上り |
遠軽・旭川方面 |
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