| 風連(ふうれん) |
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| 所在地 |
北海道名寄市風連町本町 |
| 駅番号 |
○W46 |
| 所属事業者 |
北海道旅客鉄道(JR北海道)) |
| 所属路線 |
■宗谷本線 |
| キロ程 |
68.1km(旭川起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面2線 |
| 乗降人員 |
42人/(2014年) |
| 開業年月日 |
1903年(明治36年)9月3日 |
| 駅種別 |
無人駅 |
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| 風連駅 |
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| 駅名標 |
待合所 |
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| H100形気動車 |
跨線橋 |
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| 駅舎 |
キハ261形気動車 |
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風連駅(ふうれんえき)は、北海道名寄市風連町本町(もとまち)にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅である。
電報略号はフレ。事務管理コードは▲121816。駅番号はW46。普通列車のほか快速「なよろ」全列車が停車する。
歴史
- 1903年(明治36年)9月3日:北海道官設鉄道天塩線士別駅 - 名寄駅間延伸開業にともない設置。一般駅。
- 1905年(明治38年)4月1日:鉄道作業局に移管。
- 1908年(明治41年)12月1日:公衆電信、電話取り扱い開始。
- 1912年(大正元年)9月21日:宗谷線に線名を改称。
- 1915年(大正4年)6月:多寄村会に当駅を「下多寄」に改称する諮問案が出される(その後撤回、後述)。
- 1919年(大正8年)10月20日:宗谷本線に線名を改称。
- 1920年(大正9年)3月3日:公衆電信、電話取り扱い廃止。
- 1929年(昭和4年)10月1日:駅舎改築。
- 1949年(昭和24年)6月1日:公共企業体である日本国有鉄道に移管。
- 1954年(昭和29年)12月14日:跨線橋架設。
- 1965年(昭和40年)5月20日:人道橋架設。
- 1982年(昭和57年)11月15日:貨物取扱い廃止。
- 1984年(昭和59年)
- 2月1日:荷物取扱い廃止。
- 11月10日:駅員無配置駅となり、出改札業務廃止(連査閉塞運転要員はそのまま配置)、簡易委託化。
- 1986年(昭和61年)11月1日:電子閉塞導入により 連査閉塞運転要員も無人化。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
- 1989年(平成元年)6月30日:駅舎改築、7月から供用開始。風連町により開基90周年記念事業の一環で駅舎に展示室を合築し、水洗トイレを隣に新設。
- 1999年(平成11年)6月:翌2000年(平成12年)3月11日のダイヤ改正に伴う旭川駅 - 名寄駅間高速化に関連し、遅くとも同月までに分岐器の片開き弾性分岐器化・一線スルー化を実施。
- 2003年(平成15年)11月1日:駅前商店での乗車券販売(簡易委託)廃止。
駅名の由来
所在地名(旧町名)より。アイヌ語の「フレペッ(hure-pet)」(赤い・川)が転訛したもの。
駅開業当時の自治体名は「多寄村」で、多寄村役場は1909年(明治42年)に風連市街に移転したため、役場への来客が当駅ではなく多寄駅で降りてしまうなどの不便があった。
そのため「下多寄駅」への改称運動が行われたことがある。
しかし、村自体が1938年(昭和13年)に風連村に改称(さらに同年に多寄駅を含む一帯が多寄村として再度分離)されたため、駅名と自治体名の不一致は解消された。
駅構造
稚内方に向かって左手に駅舎を設け、跨線橋で結ばれた千鳥式ホーム2面2線のホームを持つ地上駅。
構内はもともと、駅舎側が下り本線(1番線)、対向が上り本線(2番線)であったが、高速化工事により1999年(平成11年)までに、駅舎対向の旧上り本線(2番線)を本線とする一線スルー構造に改築されている。
士別駅管理の無人駅。新生町に向かう陸橋が設置されている。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
| 1 |
■宗谷本線 |
上り |
旭川方面 |
| 下り |
名寄・音威子府方面 |
| 2 |
上り |
旭川方面 |
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