JR東海・愛知環状鉄道・岡崎駅
岡崎(おかざき)
東海道線 相見 岡崎 西岡崎
所在地 愛知県岡崎市羽根町字東荒子
所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
愛知環状鉄道(愛環)
駅構造 地上駅(橋上駅)
ホーム 3面5線
乗車人員 18,555人/日(JR東海・2019年)
乗降人員 11,043人/日(愛環・2019年)
開業年月日 1888年(明治21年)9月1日
乗入路線 2路線
所属路線 東海道本線(名古屋地区)
駅番号 CA52
キロ程 325.9km(東京起点)
所属路線 愛知環状鉄道線
駅番号 ○01 
キロ程 0.0 km(岡崎起点) 
駅種別 共同使用駅(JR東海の管轄駅)
JR東海:駅長配置駅(管理駅):JR全線きっぷうりば :サポートつき指定席券売機設置駅
愛知環状鉄道:駅員配置駅
岡崎駅
岡崎駅
ホーム
ホーム
岡崎駅(おかざきえき)は、愛知県岡崎市羽根町字東荒子にある、東海旅客鉄道(JR東海)東海道本線および愛知環状鉄道愛知環状鉄道線の駅である。駅番号は、東海道本線が「CA52」、愛知環状鉄道線が「01」。
愛知環状鉄道線は当駅を起点とする。
中心市街地に位置する名鉄名古屋本線の東岡崎駅に対して、当駅は岡崎市の南郊に位置するためかつては閑散とした雰囲気を持っていたが、1980年代中頃より東海道線の列車が増発されると乗降者数が増加し、現在では岡崎市の主要駅の1つと位置づけられている。市内にある「岡崎」を含む駅との区分の為「JR岡崎駅」と呼ばれることが多い。
現在の東海道本線にあたる路線の建設に当たって、急勾配を避けるため に御油・赤坂の宿場町を避けて蒲郡を経由したため、当駅は岡崎市街地から南に離れた羽根村(のち岡崎村)に建設された。
これに関して、御油と赤坂が鉄道を忌避したという説や、岡崎宿が鉄道を忌避したため市街地から離れたという説が、鉄道忌避の代表例として古くから語られていたが、これらはその根拠となる史料が存在しない。
実際にはまず矢作川橋梁の位置を決定 した後で蒲郡以西の線形を検討した際に、地盤が軟弱な地域があった事や、市街地に線路を通すのは用地買収の際により困難をきたす事などの条件を検討した結果としての位置決定であった事が真実とされている(なお、岡崎町〈市制施行は1916年〉では鉄道庁に対し、東海道本線の複線化の際に上り線を市街地に引き込んで欲しいといった請願を行った事があったが、「上下線を離すのは問題」といった理由で断られている。
その後、1955年には東岡崎 - 岡崎間のモノレール建設が計画されたが、後に中止となった)。
1898年、市街地と駅を結ぶための馬車鉄道である岡崎馬車鉄道が開通した(同線は1912年に路面電車化し、最後は名鉄岡崎市内線となって1962年に全廃された。)。
しかし、1923年8月8日に愛知電気鉄道岡崎線(現在の名鉄名古屋本線)の東岡崎駅が市街地中心付近に開業したため、以後は長距離客を除いて町の中心駅としての地位はそちらに譲る事になった(なお、1976年の岡多線〈現在の愛知環状鉄道線〉の開業に合わせて市の中心部に中岡崎駅が開業した)。
駅名標 ホーム
駅名標 ホーム

駅構造

単式ホーム1面1線と島式ホーム2面4線、合計3面5線のホームを有する地上駅。単式ホームを愛知環状鉄道、島式ホームをJR東海が使用する。東海道本線は内側の2・3番線が本線、1・4番線が副本線となっている。なお、昼間の東海道本線では快速列車系統と普通列車の緩急接続が行われる。構内の東西を結ぶ橋上駅舎と自由通路を備える。
JR東海の駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、三ケ根駅 - 西岡崎駅間の各駅を管理している。駅舎内部にはJR全線きっぷうりばや自動券売機・サポートつき指定席券売機・自動改札機が置かれている。愛知環状鉄道の駅員はいないが、2021年3月4日まで同線専用の自動券売機が設置されていた。翌5日からはJRの券売機で愛知環状鉄道の乗車券を販売し、JRと愛知環状鉄道で改札は共用している。
2004年(平成16年)11月14日までは0番線から発車する愛知環状鉄道線の列車は東海道本線の上り線を逆走する形で運転されていたが、単線の専用線路が既設線に並行して増設された。0番線から東海道本線には線路が直接つながっていない。
かつては構内東側に駅舎があったが、1990年に現在の橋上駅舎になった。
貨物営業を行っていた頃は、駅舎の南側に有蓋車用貨物ホームや貨車留置線があった。また、1960年代までは三龍社工場や日清紡績針崎工場の貨物ホームへの専用線も伸びていた。

愛知環状鉄道線におけるTOICA等の取り扱い

2006年にJR東海がTOICAを当駅を含む区間で導入し、その後の2019年3月2日に愛知環状鉄道もTOICAを導入した。
これに伴い当駅にはICカード用の乗換改札機が設置されており、当駅で乗り換える場合は乗換改札機にタッチ、当駅発着で愛知環状鉄道線を利用する場合は当駅の改札機と乗換改札機の双方にタッチする必要がある。
なお、乗換改札機にタッチしなかった場合は金山・高蔵寺経由の運賃で精算されるため注意が必要である。
愛知環状鉄道線のTOICA導入以前は、TOICA等で東海道本線を利用して当駅で愛知環状鉄道線に乗り換えるには、一度改札を出る必要があった(改札内の乗換改札機等も設けられていなかった)。

愛知環状鉄道 駅名標 愛知環状鉄道 ホーム
愛知環状鉄道 駅名標 愛知環状鉄道 ホーム

のりば

番線 路線 方向 行先 備考 
0 愛知環状鉄道線  高蔵寺方面   
1 東海道線   上り  豊橋方面  待機線 
2 本線
3 下り  名古屋方面  本線 
4 待機線  
名古屋方面への当駅始発の一部が1番線からの発車となる。早朝の豊橋方面の始発列車は4番線から発車する。また、名古屋方面からの一部列車は4番線に到着する。

歴史

1900年、相見村(現在の岡崎町中部)の志賀藤助村長が同志らと村内に駅設置を企画し、設置期成同盟会を結成。
同盟会は村内各地区ごとに募金を募り、隣村にも協力を依頼した。
相見村の動きを受けて、深溝村(現在の岡崎町南部)でも期成同盟会が発足している。
1902年、蒲郡駅~岡崎駅間の複線化により、相見村の山本鍬之助村長と、地元選出の県会議員・足立信次郎の要請で新駅設置は実現段階に入った。
1906年5月1日に相見村・坂崎村・深溝村の3村が合併して広田村が発足。
これを機に、駅設置場所を芦谷信号所北350mとし、1906年6月1日に起工し1908年4月1日に岡崎駅として開業した。
当時の自治体名は広田村だったが、既に福島県に広田駅が開業していたため、「岡崎駅」と命名した。
当地は、1906年に坂崎村と相見村、深溝村が合併した際に、村内を流れる広田川から「広田村」となっていた。
しかし、駅名をそのまま村名に応用することになり、1908年7月28日に「岡崎村」へ改称している。
戦後、駅の利用者増加により町は国鉄に駅の改修を要望するが、国鉄は財政難から難色を示したため町が1952年に跨線橋を設置、1953年には開業時のままで老朽化していた駅舎を改築し、国鉄に寄付した。同年には、国鉄がホームに待合室と上屋を設置している。
1970年、下り待避線が設置された。また、予てからあった西口設置の要望に対し、1974年に駅の西側を結ぶ地下道を設置した。1982年からは駅業務を民間に委託している。
1978年、出雲大社に向かう団体客のため寝台特急出雲が特例として停車することがあった。
当時は団体客のためとはいえ特急を臨時停車させることは異例の措置であった。

年表

  • 1888年(明治21年)9月1日:浜松 - 大府間の官設鉄道開業時に一般駅として設置。
  • 1895年(明治28年)4月1日:線路名称制定。東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となる。
  • 1930年(昭和5年)12月20日:日本で最初の省営自動車(後の国鉄バス→JRバス各社)が開業。
  • 1946年(昭和21年)10月21日 - 昭和天皇が岡崎市に巡幸(昭和天皇の戦後巡幸)。お召し列車が豊橋駅発 - 岡崎駅着で運行。
  • 1970年(昭和45年)10月1日:国鉄岡多線が貨物線として開業。
  • 1976年(昭和51年)4月26日:岡多線の旅客営業開始。
  • 1984年(昭和59年)1月10日:車扱貨物の取り扱いを廃止。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:荷物の取り扱いを廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化によりJR東海の駅となる。
  • 1988年(昭和63年)1月31日:岡多線が愛知環状鉄道に転換。
  • 1990年(平成2年)10月28日:橋上駅舎に改築し、自由通路を開設。これにあわせホームをかさ上げ。
  • 1992年(平成4年)6月13日:自動改札機を設置。
  • 2004年(平成16年)11月15日:愛知環状鉄道 岡崎駅 - 六名駅間を専用線化。
  • 2006年(平成18年)11月25日:JR東海でICカード「TOICA」の利用が可能となる。
  • 2015年(平成27年)12月21日:愛知環状鉄道 岡崎駅ホームを拡幅。
  • 2019年(平成31年)
    • 3月2日:愛知環状鉄道でICカード「TOICA」の利用が可能となる。
    • 10月1日:東口駅前広場にペデストリアンデッキが開通した。事業費は約14億円。
  • 2024年(令和6年)7月26日 : 駅西側に商業施設「駅西小町」がグランドオープン。