JR北海道 稚内駅
稚内(わっかない)
宗谷本線 南稚内 稚内
所在地 北海道稚内市中央3丁目6-1
駅番号 ○W80
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線(直通含む)
キロ程 259.4km(旭川起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員 64人/(2024年)
開業年月日 1928年(昭和3年)12月26日
駅種別 日本最北端駅
直営駅(管理駅) みどりの窓口
稚内駅
稚内駅
最北端の線路 改札口
最北端の線路 改札口
きっぷ運賃表 キハ54形気動車
きっぷ運賃表 キハ54形気動車
キハ261系気動車 コンコース
キハ261系気動車 コンコース
稚内駅(わっかないえき)は、北海道稚内市中央3丁目に所在する北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅である。
駅番号はW80。事務管コードは▲121851。
現存する日本国内の鉄道駅としては最北に所在する。

歴史

稚内における鉄道は、1922年(大正11年)に開業したが、当初の稚内駅は現在の稚内駅の約2 km 南に位置し(南稚内駅の前身、その後移転)、南樺太の大泊へ向かう鉄道連絡船「稚泊航路」への乗船客は徒歩で、貨物は荷車で連絡していた。
この不便を解消するため、1928年(昭和3年)12月26日に稚内港駅(わっかないみなとえき)まで鉄道路線が延伸されたのが、当駅の始まりである。
1936年(昭和11年)には稚内港の北防波堤桟橋が竣工し、さらに防波堤桟橋内への線路延長敷設工事(約850 m)が始まり、1938年(昭和13年)12月11日から防波堤桟橋内(現:北防波堤ドーム内)に稚内桟橋駅(わっかないさんばしえき)を、稚内港駅の構内乗降場の扱いで設置している。
1939年(昭和14年)2月1日に稚内港駅を稚内駅に、稚内駅を南稚内駅に改称した。その後、稚泊航路は1945年(昭和20年)8月以降のソ連軍の南樺太侵攻開始後も樺太からの引揚者輸送に当たり、同年8月24日に稚内港に入港した便を最後に運航停止となって、稚内桟橋駅も実質的に廃止となった。
2010年(平成22年)1月31日には2番線が廃止されたことにより、単線の駅になった。2011年(平成23年)4月3日には「稚内駅前地区第1種市街地再開発事業」に伴う稚内駅再開発ビル「キタカラ」(KITAcolor)に新しい駅舎(4代目)が開業した(「キタカラ」(KITAcolor)は2012年(平成24年)に全面開業した)。

年表

  • 1923年(大正12年)5月1日:稚泊航路開設。
  • 1924年(大正13年)11月10日:稚内連絡待合所開設。
  • 1928年(昭和3年)12月26日:宗谷線稚内駅(現在の南稚内駅) - 当駅間延伸開業。開業時の駅名は稚内港駅(わっかないみなとえき)。一般駅。
    • 開業時の駅舎は、稚内連絡待合所の建物を改修した上で利用していたと推測されている。「稚泊航路」への連絡を重要としていたため市街地とは反対側の海側に駅舎があった。
  • 1938年(昭和13年)
    • 6月30日:駅舎を市街地側に移転(2代目駅舎)。
    • 12月11日:稚内桟橋駅開業(当駅構内の仮乗降場扱い)。
  • 1939年(昭和14年)2月1日:従来の稚内駅を南稚内駅とし、当駅を稚内駅と改称。このときから南稚内駅を当駅駅長の管理下とする。
  • 1945年(昭和20年)8月25日:稚泊連絡船運航停止し、稚内桟橋駅が事実上廃止。
  • 1949年(昭和24年)6月1日:公共企業体である日本国有鉄道(国鉄)に移管。
  • 1952年(昭和27年)11月6日:南稚内駅移転に伴い、南稚内駅との間のキロ程が1.2 kmから2.7 kmに変更。
  • 1965年(昭和40年)10月1日:駅舎建替えにより、3代目駅舎使用開始。
  • 1967年(昭和42年)
    • 2月1日:南稚内駅が駅長配置駅となり、当駅駅長の管理下を離れる。
    • 9月6日:昭和天皇、香淳皇后が道内を行幸啓。稚内駅発、札幌駅行のお召し列車が運転。
    • 10月1日:みどりの窓口設置。
    • 同年内:指宿駅と「姉妹駅」提携。
  • 1970年(昭和45年)3月1日:補助コンテナ基地設置。
  • 1973年(昭和48年)10月1日:コンテナ基地に昇格
  • 1975年(昭和50年)11月:南稚内駅 - 稚内駅間の高架工事(全長1.1km)が完成。併せてプラットフォームを50 m 延長し有効長250 m とする。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:貨物取り扱い廃止、名寄駅 - 稚内駅間の貨物列車も廃止となる。
  • 1985年(昭和60年)5月:国鉄の余剰人員対策として、構内に国鉄直営の土産店を開設。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:新聞紙を除き荷物取り扱い廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
  • 1991年(平成3年)10月25日:新聞紙の取り扱い廃止。
  • 2000年(平成12年)3月11日:特急「スーパー宗谷」・「サロベツ」運転開始により、特急列車発着駅となる。
  • 2006年(平成18年)3月18日:夜行特急「利尻」が季節運転の「はなたび利尻」となる。
  • 2007年(平成19年)9月30日:臨時夜行特急「はなたび利尻」廃止。夜行列車の運行終了。
  • 2010年(平成22年)1月30日:2番線廃止。
  • 2011年(平成23年)4月3日:前日の営業をもって旧駅舎(3代目駅舎)を閉鎖し、新駅舎暫定開業。関連して日本最北端線路地点が約100m南側に移動。営業キロの改キロはなし。
  • 2012年(平成24年)
    • 4月29日:新駅舎と一体の複合施設「キタカラ」(KITAcolor)全面開業。
    • 5月3日:道の駅わっかないオープン。
  • 2017年(平成29年)4月1日:窓口営業時間を短縮し、早朝・夜間の社員配置が取りやめとなる。
  • 2024年(令和6年)11月18日:現金用自動券売機を廃止しきっぷの販売は窓口とクレジットカード専用自動券売機のみとなる。

駅名の由来

市名より。アイヌ語の「ヤㇺワッカナイ(ラテン翻字: yam-wakka-nay)」〔冷たい・水(飲み水)の・川〕から。

駅構造

単式ホーム1面1線を有する地上駅。
以前は島式ホーム1面2線だったが、2010年(平成22年)1月30日をもって2番線を廃止し、線路や分岐器、出発信号機、場内信号機が撤去され、棒線化及び停留所化した(現駅舎開業以前は構内踏切(警報機のみ)も設置していた)。これに伴い、南稚内駅から当駅(線路終端)間は1閉塞となり、2列車以上の進入ができなくなった。また、以前の日本最北端の線路として使用していた車止めとレールが、JR北海道から稚内市に寄贈され、駅前広場上のモニュメント「日本最北端の線路」として2012年(平成24年)3月に復元されている。
改札口からホームへ向かう通路はスロープになっており、バリアフリー化している。社員配置駅(現在は南稚内駅の被管理駅であり、配置は窓口開設時間のみ)。改札口横にみどりの窓口、指定席券売機(クレジットカード専用)、待合室がある。
なお、当駅は稚内市が整備した複合施設「キタカラ(KITAcolor)」内に入居しているが、「キタカラ」は駅のほかバスターミナル(稚内駅前バスターミナル)、売店や飲食店、コンビニエンスストア、観光協会、地域交流センター、映画館、グループホーム、高齢者住宅を備えた複合施設であり、「道の駅わっかない」として道の駅の指定を受けているほか、稚内港国際・国内フェリーターミナルなどと合わせて「みなとオアシスわっかない」の指定も受けている。

かつての配線図

かつては稚泊連絡船への接続などを考慮した広大な構内に複雑な配線を施していた。
しかし、貨物営業の廃止などにより側線は縮小していき、旅客列車が停車する部分についても棒線化が行われ、現在は分岐器がない駅になった。

1975年3月時点の稚内駅配線図
1975年3月時点の稚内駅配線図